爽やかに泣ける「香港人加油」
まあ、
「会えないことにいつまでもいつまでも泣いてばかりではどうにもならないね」
ということになって、二人でドラマを見ている。
彼氏が選んだのは、「打天下」という熱血空手ドラマだった。
おいおい、遠距離恋愛中の彼女と見るのに、
もっといい選択肢はなかったんかーい。
というツッコミを飲み込んで。
渋々みはじめたものの、このドラマ本当に面白かった。
オリンピックを目指す空手少女の惠惠が、
香港空手界から冷遇される自らの師匠が自分の試合中に死んでしまったことをきっかけにして。
様々な人々と出会いながら、
新たな師匠と仲間と共に、
空手に向き合って空手家として大成していく、というストーリー。
よくある日本のスポ根と似ているのだけど、
香港ドラマとして面白かったのは、
しっかりと登場人物一人一人に香港の社会問題や、風景がきちんと乗っかっていること。
物語の中で、
オリンピック候補と名高い空手家の惠惠は、
乱闘騒ぎに巻き込まれたことで、
騒ぎを起こした若者達と一緒に警察に捕まることになる。
警察の青少年科の女ボスは、
一緒に捕まった惠惠と、遠い昔に香港空手界から突如姿を消した馬剛正二人に、
不良少年たちを空手に取り組ませる先生に指名し、空手を通した青少年更生プロジェクトを企画する。
最初は嫌々このプロジェクトに参加させられていた不良少年志浩や、いじめられっ子の小玥は、
次第に空手を通して空っぽだった自分の人生の中に生きがいを見つけ、瞳の中に光を取り戻していく。
惠惠、志浩、小玥。
この三人の登場人物の背景はわかりやすいほどに特徴的に描かれている。
せっかくなので丁寧に一人ずつ見ていこう。
この物語の主人公惠惠(ウェイウェイ)
ビクトリアンピークにある超絶高級マンションに住んでいるお嬢様。
ただ、過保護な両親は自分を理解してくれないと考え、家出。
一銭も持たずに家出して、友達の家に転がり込む。
「自分は大変。可哀想!誰も私を理解してくれない!」
とばかりに自分の殻に閉じこもり、周りの人の助言や好意を無碍にする、
典型的な香港のお嬢様として登場した。
小玥
父は運転手をやっている香港人。
母親は中国の田舎から父親に嫁いできた新移民で、家族三人で公団に暮らしている。
出自と性格の弱さから学校ではすっかりいじめの標的にされている。
父親は日常的に母親を「大陸の女は男の金をせびることしか考えていないんだよ!」
と罵倒し、家庭内暴力を繰り返す。
志浩
父親はギャンブル中毒。
父親が方々で作った借金から逃げ回るように引越しを繰り返す生活を送っている。
自身は配達員として働いている典型的なmk仔。
この、mk仔とは、流行ものが好きで学歴がない若者たちのことで、
日本で言うマイルドヤンキーに近い存在のことを言うらしい。
親友の李猛とゲームで時間を潰し、適当に働き、怠惰な日々を過ごしていた。
それぞれ香港の異なる階層やコミュニティに属していた彼らがかけがえのない仲間になり、
成長していく様子はとても良かった。
惠惠は仲間との関わりの中で自分の周囲の人に感謝し、関わっていくことを学ぶ。
自分の周りにあるもの、存在している人は、
当たり前にあるものではないことを自覚し、
感謝できるようになったのだ。
臆病でやられっぱなしだった小玥は、最終的にいじめっこに抗い、
家庭内暴力を繰り返す父親から母親を守るために反旗を振りかざす。
さらに、志浩は、
空手という生きがいを見つけ、
毎日練習に明け暮れ、
香港社会の最高階級にいる惠惠への片思いをきっかけに、自分の今いる場所から抜け出したいと願うようになり、正しい道を模索し始める。
中でも、私が1番苦しかったのはこの志浩を見ている時だ。
変わりたい。
抜け出したい。
手に入れたい。
彼が希望を一つ抱くごとに彼の出自が、どうにもならない格差社会香港が牙を向く。
特に、マイルドヤンキー仲間の李猛との決別のシーンは涙が止まらなかった。
空手という生きがいに出会い、どんどん高潔になっていく志浩に対し、彼の親友であった李猛は、面白くない。
「やめちまえや」
「意味ねーべ」
など、志浩に絡む絡む。
しかし、彼が志浩をこちら側に止めようとすればするほど。
志浩の瞳はキラキラと輝き、
希望に燃えたぎり、
志浩は歩みを止めることをしない。
一話の時にはなかった目の光が、
メラメラとギラつく炎に変わる。
そして、そんな志浩に背を向けるように、
目を逸らすように、
李猛は目の前の小銭稼ぎに逃げ込み、
ついには麻薬の売人になり、
陽気で調子の良い志浩の父親をその麻薬取引に巻き込んでしまう。
これにより、志浩の父親はヤクザにリンチされ生死の狭間を漂うほどの怪我をした。
この出来事がきっかけで、志浩と李猛は徹底的に決別することになる。
「俺はな!てめえみてえな奴が1番大嫌いだったんだよ!」
と吠える李猛。
どんどん道をを踏み外す李猛と縁を切るように言った惠惠に対し志浩が言い放った言葉が
頭の中をグルグル回る。
「李猛と俺は、
一緒に生まれて一緒に育って、
一緒に学校に入って、一緒に学問に挫折して、一緒に働いて、、、。
今までの人生全部一緒に生きてきた大事な仲間なんだよ!」
そう言った志浩。
しかし、友情は終わり、志浩も怒りと悲しみに任せて李猛に殴りかかる。
惠惠に止められ、
手を止めたところで李猛に対して、
「俺たちのスマホの店のこと、覚えてるか?」
と絞り出すように話しかける志浩。
二人で目先の小銭を追いかけて、お金を貯めて、開業資金にして、いつか一緒にスマホショップを開くことが夢だった。
李猛が勝手に嫉妬して、自分から離れていったと思い込んで、裏切り者と決めつけた志浩は、呆れるほどに真っ直ぐに自分との約束を信じて大切に持っていたのだ。
しかし、この二人はもう一緒に夢を語り合うことはできないのだ。
汚れなく、人としての尊厳と、生きる意味を見つけた高潔にすら見える志浩と、流れに任せて麻薬売買にたどり着いてしまった李猛。
その対比はあまりにも痛々しくて。
ここはもうボロボロと泣き、鼻水をすすり、
彼氏にドン引きされてしまった。
この出来事は、
志浩にとって自分が身を置く世界への徹底的な決別を誓うものであり、
この後志浩の葛藤やひたむきさは留まることを知らない。
結局志浩は最後の試合に勝てなかったし、
惠惠との恋は実らなかった。
だからこそ、このドラマの中で志浩は表向き何も手に入れていないのだが、
作中最も成長したのも、変化があったのは彼であり。
その顔は言葉を失うほどに晴れやか。
そんなわけで、語り始めるとキリがないのだけど、
このドラマの中で心に残ったシーンがもう一つ。
これを書いておきたい。
ドラマの中で一話だけ特別編があって、ゲストのキャラクターが出てきた。
その回の筋書きは、
香港に仕事があると言われ、マレーシアからやってきた売れないモデルの女の子が登場する。
しかし、実は仕事の話は嘘で、枕営業のようなことを要求されたために逃げ出してきたところを、空手道場の先生である馬剛正が助け出す。
そんな時惠惠の親友でユーチューバーである善善が、コラボしてくれるモデルを探していたので、そのマレーシアガールが協力することに。
天真爛漫な彼女に癒される視聴者と登場人物たち。
その撮影が終わったと、惠惠と彼女が2人で香港の夜景を眺めながらお酒を飲むシーンで
彼女の台詞は、本当に香港人に対する素晴らしい「香港人加油」だったのだ。
せっかくなので、一緒にそのシーンを楽しみましょう。
マレーシアガールは香港の美し過ぎる夜景にカメラ片手に大はしゃぎ。
「ねえ知ってる?私は今まで一度も香港に来たことがなかったけど、香港の夜景ってこんなに美しいのね!」
と無邪気な一言に香港人の惠惠は、
「昔はそうだったかもしれないけど、今は違う。もう、もはや東洋の真珠ではないのよ。」
とため息混じりに答える。
その諦めと過去へのノスタルジーが彼氏と重なり胸に突っかかる私。
でもそれに対する彼女の回答は素晴らしかった。
「じゃあ、努力して香港を変えて行かなくちゃね。
今はもう、東洋の真珠の姿は外側にだけしか残っていないかもしれない。
でも、200%の努力をして今の姿を維持するの。
そしてさらに努力を続けて、努力を続けて続けて続けていけば、もしかしたら中身が外側に追いついて外側に現れるかもしれない。必ずそうよ!
それでいいじゃない。
みんながそれを目標にしていけばいいの。
だって、人生の中でそうしたい、ってものを見つけて全力で努力することって、本当に本当に幸せなことなのよ!!!!!!」
そんな未来が確定しているような満面な笑みを浮かべて、彼女は立ち上がり夜景に向かって
と叫ぶのだ。
そして、香港の絶景を背に乾杯と艶やかに微笑む。
「夢に向かって最大の努力をするだけでいいの。そうすればどんなに苦しくて辛くても、夢の中ですら笑っていられるのよ。」
というマレーシアガールの言葉を頭の中で反響させながら、ふわりと吹っ切れたように緩む惠惠の顔。
うんざり、呆れるほどにきいていた言葉だ。
その言葉と共にいつも、
香港滅亡論や、中国へのヘイトの言葉やイラストが並んだ。
こんなにも気持ちが良くて爽やかで、何よりも純粋で混ざり気のない、「香港人加油」を、
こんなところで聴けるとは思わなかった。
もしも現実の香港もこんな外国人が香港の輝きを香港人に知らせ、
香港人のための、誇りと自信をもたらし明日に向かわせる風であれたなら。
あるいは、今この瞬間は…?
でもこの辺でやめておこう。
そんなもしもを探るよりは、自分自身が彼女のように前と希望だけを見て疾走できるよう、
ひたむきさを取り戻すことの方が優先すべき事項であろう。
まだまだ語り足りないところはあるものの、
打天下、素晴らしいドラマでした。
このブログでは今後も中華圏の面白いコンテンツや、思ったことをガンガン書いていくつもりですので、皆さんどうぞご覚悟、末長いお付き合いを。
ではでは、再見!!!